津地方裁判所 昭和25年(ワ)62号 判決
原告 浅野静夫
被告 岡三証券株式会社
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告は、(一)原告の被告会社に対する差損金三万六千円の債務が存在しないことを確認する。(二)被告会社は原告に対し差益金三百円を支払わねばならない。(三)被告会社は原告に対し呉羽紡績株式会社株式五百五十株を返還しなければならない。(四)訴訟費用は被告会社の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和二十五年三月六日被告会社に対し旭硝子株式三百株を単価金三百九十四円、受渡期日同年五月二日の約定の下に売約したところ、突如同年四月十四日右株式の市場売買が中止せられ、同年五月四日同株式の売買が再開せられたので前叙受渡期日たる五月二日までに受渡決済することが不可能となつた。よつて原告は同年五月十五日文書を以て、取引市場が売買を中止した二十日間は受渡期日を繰延べるべきものとし本文書到達の日より同年五月二十日までに大阪市場値段金四百十円にて買戻すが万一右買指値が出合わぬ場合には同日の最終値段(大引)にて買戻し同年五月二十四日(尤も原告において五月二十四日としたのは、計算を誤つたためで決済日は同月二十三日である。)までに受渡決済する旨被告会社宛通達した。然るに被告会社は同年五月十八日付文書を以て、同株式の売買決済は同年四月十八日証券取引委員会と証券業者との間に取極められた旭硝子株式解合値段金五百十四円で決済すべきものとして右解合に不同意であるとの原告の通達を無視して強制徴收するため、原告が被告会社に差入れてあつた担保株式呉羽紡績株七百株中五百五十株を無断処分した上前叙差損金の決済に充当した旨原告宛通達してきた。しかしながら商取引の一方の相手方たる委託者の意思を確かめることなく証券取引委員会と証券業者との間だけで取極めた解合に対しては委託者たる原告はその受諾を拒否し得る権利を有するのみならず、被告会社が原告の意思に反して前叙受渡期日前に未だ売買の完了しない取引に関し差損金を請求するのは違法である。而して前叙の如く本件取引はおそくとも原告の指定した同年五月二十日の最終値段金四百六円にて決済せらるべきであつたのに被告会社は原告の前叙通達を拒否したのであるから当然これが決済は受渡決済日たる同年五月二十三日の最終値段にてなさるべきである。従つて同日における同株式の最終値段金三百九十三円をもつて清算すると原告において却て合計金三百円の差益金を取得すべきこととなる。よつて原告は被告会社に対し前叙差損金債務の不存在確認及び右差益金の支払並びに呉羽紡績株五百五十株の返還を求めるため本訴請求に及んだと陳述し、なお前叙旭硝子株は市場に上場されていない権利株であるから本件取引はいわゆる場外取引である。而してかゝる権利株の取引においては商慣習上約定の受渡日に現物の授受をなすことにより或は又受渡日前の意思表示による転売買戻の方法により決済することができるのであつて、いずれの方法によるかは委託者の自由であるが、委託者において受渡日までに何等の意思表示をなさなかつた場合には同日の最終値段にて決済することになるのであると附陳し、被告の答弁事実に対し、本解合は証券業者間の売買玉決済のため証券業者の申出に基き証券取引委員会が証券取引法第百五十七条の規定に基く仲介値段の裁定によつたもので、これにより証券取引所所在地の証券業協会々員たる業者は右決済値段の拘束を受けることになつたのである。従つて委託者が本解合に拘束される理由のないことは明白であり、本解合が個人対個人の形式で調印されたものであればなおさらその効力は第三者に及ばないわけである。如何なる取極めも第三者を拘束し得ないという法律の原則から独り本解合のみが除外される理由はない。なお被告会社が本解合と過去における特殊事情に基く総解合とを混同してその判例を援用するが如きは本解合の本質を弁えないものである。本解合の成立に最後まで反対していた総司令部当局が遂にこれを承認したのは「一般顧客を拘束せず」との一条項を挿入したからであつて、被告会社の主張するが如き第三者に対する拘束力の問題が後日累を一般顧客に及ぼさないよう当局よりこの点特に一般に周知徹底せしめるようにとの注意があつたにも拘らず、被告会社はこの点をひたかくしに秘して一般顧客に対し解合の拘束力は絶対的のものだと称して威嚇し半ば強制的に本解合の承諾書に多数調印させているのである。また被告主張の如く大阪証券業協会において本解合が一般顧客を拘束する旨の決議をしたものとすればその議事録にその旨記載されている筈であるが、これが記載のないところからみれば左様な決議はされなかつたのである。なお旭硝子株の昭和二十五年五月四日における最終値段が金四百九十円であることは認めると述べた。<立証省略>
被告会社訴訟代理人は、請求の趣旨(一)については原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、本案前の答弁として、原告の右訴は権利保護の利益がない。即ち確認の訴の目的とされる権利又は法律関係の存否は現在における存否でなければならず過去のそれを目的とすることは許されないのであつて、本件は既に原告から預つた担保株式の一部を被告会社において処分し原告の差損金債務の決済に充当したのであるから該債務は既に消滅しており、従つてかように既に消滅した過去の債務につきその不存在確認を求めることは許されないから右請求部分は却下せらるべきものであると述べ、本案につき原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として、原告の主張事実中原告からその主張の日に被告会社に対しその主張の如き株式につきその主張の如き内容の約定の下に売約のなされたこと、その後原告主張の期間右株式の市場売買が中止されたこと、被告会社が原告主張の解合値によつて右取引を清算し、原告から差入れてあつた担保株式呉羽紡績株式会社株式七百株中五百五十株を処分して決算したこと、本件株式が上場株でなく従つて場外取引であること、受渡決済日に現物の引渡をするのが本則であるが場合により差金決済をしてもよいとの商慣習のあること、旭硝子株の昭和二十五年五月二十日の最終値段が金四百六円、同年五月二十三日のそれが金三百九十三円であることはいずれもこれを認めるが、その余の事実は争う。元来旭硝子株式会社は三菱化成の第二会社として分離新設せられた会社で昭和二十五年二月二十日三菱化成株式一株に対し旭硝子株一、九の割合で割当てられ同年二月二十一日正式に東京証券業協会の管理下に権利株の売買として認められたものである。その後同株式の株価は同年四月十日頃までは金三百八、九十円から金四百二十円前後の間に移動していたに過ぎなかつたが、同年四月十一日に至り大阪市場においては売方の売込により同日引値金三百七十四円の安値となり同月十二日には買方の買上げと売方の恐怖による踏上げ買埋めにより同日引値金四百五十一円と暴騰し、同月十三日は更にいわゆる踏上げ相場で同日引値金五百三十一円(制限値一杯金八十円高でストツプ)となり、いわゆる旭硝子四月十三日のストツプ相場を示現した。同日における旭硝子の暴騰は売方の踏上げによるものであつたから、これ以上取引を継続するときは売方不利に陥ることは明白であり、かゝる客観的状勢下において東京証券業協会では大阪市場より旭硝子の売買中止の申出があつたので、緊急理事会を開催し、その決済を円滑にするための特別措置として同月十四日より同月十七日までその売買を中止することになつた。而して同月十六日には全国取引所所在地の証券業協会の協会長が東京に参集し全国的に同調することを申合せたが、これより先東京証券業協会では前叙のように同月十四日より売買中止を命ずる一方旭硝子の受渡玉を除いた残存取組玉については一定値段により反対売買をなすこと、右一定値段の定め方については証券取引委員会へ売買当事者から仲介の申立をなし同委員会の裁定によること、証券取引委員会の裁定した右一定値段については協会員は服従すること等の措置を決定し、全国証券業協会長は各協会を代表して該決定に服することとなつた。右の措置に基き解合値段の裁定の申告を受けた証券取引委員会では同月十五日買方代表山一証券社長小池厚之助、売方代表山崎証券社長山崎種二より各意見を聴取し、翌十六日更に東京、大阪、名古屋、京都、神戸、新潟、福岡、広島の八証券協会の会長から各地の状況を聴取した上東京代表玉塚証券社長玉塚栄次郎、大阪代表江口証券社長高橋要からそれぞれ買方売方の意見を訊ねた。かくして同月十七日までに裁定する予定であつたが、同十七日朝に至り証券取引委員会がかゝる行為をなすことは違法ではないかとのいわゆる証券取引法第百五十七条の仲介についての法律上の疑義を生じたので徳田証券取引委員長は池田蔵相を訪ね協議の末、今回の解合が仲介の対象となるか否かを法務府に訊したところ差支なしとの回答に接し、また業者が或株式について証券取引委員会に値段の裁定を求めることは私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第三条に牴触するのではないかとの問題についても等しくその諒解を得た。かくて蔵相は解合の裁定について最後的決済を下し全国一本の解合値段を決定することとなつた。なお徳田委員長等は司令部にアダムス氏、銀行班長アリソン氏を訪ね共に諒解を得たので、申立人の代表者を招いて受諾を勧告、午後八時漸く双方の調印を終つたのであるがその解合値段は旭硝子株金五百十四円ときまつたのである。以上が今回の旭硝子の解合値段のきまつた経過の概要であるが、元来解合は、不時の事変、政治経済の急変その他買占売崩し等により取引所の相場に変調を示し、これ以上売買を継続すれば契約の履行が不可能となり当事者双方に不利益をもたらす場合とか、売買の履行が事実上不可能となつた場合に売買当事者双方合意の上で一定の値段を協定し、その値段を以て転売買戻の形式を以て既存の未決済玉を一斉に決済することを意味するものであつて現実に転売買戻をなすのではなく、それと同一の効果を生ぜしめるだけである。従つて一般的な転売買戻による真の取引ではなく単に計算上の方法に過ぎない。かような意味を持つ解合が契約の解除であるか、契約の履行であるかについては種々異見があるが、少くとも契約の解除とは云えない。即ち解合は一定の価格の下に転売買戻をなしたと同一の効果を生ぜしめるもので解除ではない旨大審院判例(大正十三年)も示している。さて今回の解合が当然委託者にも効力を及ぼすか否かにつき考察するに元来解合は非常の際に処する応急の措置であるから当然その効果は委託者に及ぶべきもので、特に委託者の承諾を必要としないと解すべきである。取引所の取引において直接その衝に当る者は会員であるが、この種取引の計算は結局委託者に帰属すべき性質のものであつて、取引所の取引が解合によつて表面上一掃されても委託者との関係がそのまゝ存続するのでは解合の意味はなくなり、解合自体を否定することになる。而して大審院判例も同趣旨の見解をとつている。以上の次第であるから原告から委託された旭硝子三百株の売立玉は解合により当然解合値である金五百十四円を以て決済されたものとして計算した被告の処置は正当であると信ずる。仮に右解合が委託者を拘束しないとしても受渡決済日は取引再開日である五月四日と解すべきであるから同日における旭硝子の最終値段金四百九十円によつて決済せらるべきであると述べた。<立証省略>
三、理 由
原告がその主張の日に被告会社に対し、その主張の如き株式を、その主張の如き内容の約定のもとに売約したこと、その後原告主張の期間右株式の売買が中止され、昭和二十五年五月四日再開せられたこと、被告会社が同年四月十八日証券取引委員会と証券業者との間に取極められた旭硝子株式解合値段金五百十四円で決済する建前のもとに、原告から被告会社に差入れてあつた担保株式呉羽紡績株式七百株中五百五十株を処分したこと、右旭硝子株式が上場株でなく従つて本件取引が場外取引であること、受渡決済日に現物の授受をなすのが本則であるが場合により差金決済をしても差支ない旨の商慣習の存することはいずれも当事者間に争のないところである。よつて先ず原告の差損金債務不存在確認請求について考えてみるに、右請求は被告会社が前叙の如き建前のもとに既に決済してしまつた差損金債務についてその不存在を主張するものであるが、確認の訴はいうまでもなく現在における権利又は法律関係の存否を目的とするものであることを要し、過去のそれを目的とすることはできない。蓋し過去の権利関係の確定を許すときは際限がなくなり、むしろ過去の関係から影響を受けた現在の権利関係の確定を求めるにしくはないからである。而も本訴において原告は既に後述の如く差益金の支払及び担保株式の返還をも請求しているのであるからその請求の中に右不存在確認も含まれているわけであり、前叙債務についてその不存在確認を求める必要もない。従つて原告の右請求部分は失当である。
次に前叙解合が委託者たる原告を拘束する効力を有するか否かであるが、元来解合なるものは不時の事変その他により相場が急激異常に変動した際、そのまま取引関係を存続させるときは会員に対し測ることのできない損失を蒙らしめる虞がある場合に、一定の値段を決めて、これにより転売買戻をなしたと同一の効果を生ぜしめることにより一斉に取引を終了せしめることである。而して取引所における取引にあつては直接その衝に立つ者は会員であるけれどもその取引の計算は結局委託者に帰することになるのであるから取引所における取引は解合によつて一掃されても委託者に対する関係としてその取引が依然存続するものとすると解合はほとんど意味のないこととなる。従つて従来の解合においては特段の事情のない限りその効果が委託者にも及ぶものと解すべきが妥当であり而も委託者はかゝる事態の生じ得ることを当初から予想して委託をしたものと認められるし、且つ解合なるものが非常応急の措置なることに鑑みれば委託者の承諾なくして解合をすることができると考うべきであろう。然しながら本件解合がなされるに至つた経緯を考えてみるに、原本の存在及びその成立に争のない甲第四乃至第六号証の各記載に証人高橋要(第一、二回)、同岡野衛士の各証言及び本件口頭弁論の全趣旨とを綜合すれば、三菱化成の第二会社として生れた旭硝子の権利株をめぐつて昭和二十五年二月下旬頃より証券業者及び投機家との間に全国的に売方と買方とに分れての一大攻防戦が展開され買方が巨大な資金をもつて買煽つたため売方も遂に動揺して損を覚悟で買戻し初めたので株価が急激に高騰し、昭和二十五年四月十三日には引値金五百三十一円という制限値一杯のストツプ相場となつた結果、同年四月十四日より同年五月三日までこれが売買が中止せられ、その間同年四月十八日全国各地証券業協会長及び取引所理事長等の要請により形式上は山崎証券と山一証券(東京)及び江口証券と玉塚証券(大阪)との各紛争の仲介という形で証券取引委員会において証券取引法第百五十七条の規定に基き旭硝子株式の解合値段を一株金五百十四円とする旨の裁定をなし、全国各地証券業協会代表も右裁定に做つて解合を行う旨申合せた結果、大阪証券業協会においては同年四月十九日臨時会員総会を開催、旭硝子株式の四月十八日現在における未決済株は総て右裁定値段をもつて反対売買により決済する旨決議したことが認められ、本解合は実質的には全国的な総解合の性質を有するものということができるのである。しかし叙上経緯により明かな如く本解合は不時の事変その他不可抗力的な突発事件に基因するものではなく、いわば相場師の仕手戦によるものであるのみでなく、前顕甲第六号証、公文書であるから真正に成立したと認められる同第三号証の各記載と前顕各証言とを綜合すると旭硝子株は取引所に上場されていない株であり、従つて右売買はいわゆる場外取引であつた関係上証券取引委員会において仲介するにつき前叙証券取引法第百五十七条の解釈適用と私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第三条に牴触するや否やについて疑義があつたので連合国総司令部の係官とも折衝を行つた結果、証券取引委員会は旭硝子株式の解合値を金五百十四円とする協定案を呈示して当事者双方に受諾を勧告すると共に全国証券業協会々長に対し元来有価証券の売買について売買当事者が履行の責を回避し、解合によつてこれが決済をなすが如き風習は我国における証券取引の悪習であつて、新しい証券取引法施行下において、なおかゝる悪習の存することは甚だ遺憾とするところであるが、既に各地において、解合の申合せをなし、解合を前提とする受渡可能分の受渡を開始した今日この申合を覆すことは徒らに証券市場を混乱に陥れる虞がある。しかも証券取引法第百五十七条の規定により有価証券の売買に関する争について、仲介の申立のあつた以上当委員会としては同条によりこれが仲介を義務づけられているので事態已むなく仲介を行つた次第であるから、今回を最後の解合とし今後かゝる不祥事の絶無を期せられたき旨の通牒を発すると共になお本仲介案は仲介の当事者たる証券業者に対する勧告であつて必ずしもその顧客を拘束するものでないことを表明したことが認められる。かゝる諸般の事情よりすると従来の解合のようにその効力がすべての委託者をも拘束するとの解釈をそのまゝこれに適用することは疑問であり、而も取引所会員と委託者との関係は問屋関係であつて取引所会員が他人の注文により取引をなすことは一種の委任行為に外ならないから会員はもともと自己の利益のために委託者の利益を犠牲にする如き行為はこれをなし得ないものといわねばならないし、更に昭和二十三年制定せられた証券取引法はその第一条において従来の取引所関係法規に嘗て見なかつた「投資者保護」ということを明白に強調していることに鑑みるときは叙上解合値段は単に証券取引所所在地の証券業協会員相互間の決済に際して拘束力を有するのみであつて、これを承諾しない右以外の業者又は一般顧客たる委託者を拘束する効力を有しないものと解するのが妥当であると思われる。よつて進んで決済日をいつにすべきかにつき按ずるに原告は叙上の如く本件株式の取引が中止せられた場合においてはその中止期間に相当する日数は当初の受渡決済日に加算せられ、従つて昭和二十五年五月二十三日における相場により売渡決済せらるべきである旨主張するけれども右主張を肯認するに足る何等の資料がないのみでなく、取引所における相場の変動は極めて急激であるから、約定によつて定めた期間をその当事者の承諾なくして濫りに延長することはその性質上不当であるといわなければならない。然らばかゝる場合いつを以て決済日とすべきかは頗る困難な問題であるが、民法第百四十二条の規定は当事者が明示又は黙示の意思表示を以て別段の定めをなすか、又は同条と異る慣習があつて当事者がこれによる意思を有したものと認められる場合のほかはその適用を排除せられるものではないことに鑑みるときは寧ろこの規定を類推し、本件の如く受渡決済日後取引が再開せられたような場合にはその再開日に受渡決済が行われるべきものと解するのが妥当と思われるから原告の右主張は採用できない。そこで本件の取引につき右再開日に現物の授受のなされなかつたことは本件口頭弁論の全趣旨に徴し明かであるから前叙の如き慣習に従つて差金決済の方法により損益勘定をなすのほかないわけである。ところで本件委託契約の如き受渡決済日として定められた同年五月二日が取引中止期間中に当り従つて相場の立つ余地の存しない場合、いかなる価格に基いて決済すべきであろうか。惟うにこれがよるべき価格については次のもの、即ち(一)取引中止直前の相場、(二)合理的価格、(三)取引再開直後の相場の三が考えられるのであるが、既に前叙のように受渡決済日を取引再開日と解する以上同日の相場によるべきものとするのが最も妥当であると解せられる。然らば本件取引再開日たる昭和二十五年五月四日における旭硝子株式の最終値段が金四百九十円であることは当事者間に争のないところであるから本件取引は右相場により決済せらるべきであつて、これによるときは原告は却つて被告会社に対し金二万八千八百円の差損金支払の義務があることは算数上明白である。よつて原告が被告会社に差益金の支払を求める本訴請求部分も亦失当である。而して被告会社は原告より右差損金の支払を受けたときは右取引上生ずることあるべき債権の担保として受取つた呉羽紡績株七百株中五百五十株(但し右五百五十株以外の株が既に原告に返還されていることは本件口頭弁論の全趣旨に徴して明である。)を返還すべき義務があることはいうまでもないが、原告の右差損金支払債務と被告会社の右担保株式返還の債務とはいわゆる双務契約から生じた相対立する債務の如く同時履行の関係に立つものではないから特段の主張立証なき限り原告において右差損金の支払を了していなければ右担保株式の返還を請求し得ないものというべきであるところ、これが支払済なること及び右特段の事情につき何等の立証がなされていない本件においては右株式の返還を求める原告の本訴請求部分はこれ亦失当である。
よつて原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 木戸和喜男 平谷新五 可知鴻平)